tsuki no kobanashi

ソプラノ 和田静乃の日々をつづります
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メッセージ

たぶん、
このブログには書いていると思いますが、
日々、自分の周りで起こること、
自分の耳に入ってくることは、
そのこと自体が自分に関係のないことだったとしても、
そのことを自分に反映させる必要があったり、
自分に対してのメッセージだな、と思うようにしています。

それが直接的だったり、間接的だったりするので、
それを読み解く読解力は必要になるわけですが、
その読解力も自分なりでいいと思っています。
それが間違っていたら、
きっと「間違ってるよ」というメッセージがくるから。

ここのところ、私のところにすごくくるのは、

「むやみやたらに広げない」
「大きけりゃいいってもんじゃない」
「気持ちを行き届かすことのできる限界」

・・・そんなメッセージ。

パッと見、ネガティブというか、
弱気な感じに見えるフレーズかもしれませんが、そうではありません。

私が求めているのは、
「大きさ」ではなく「濃さ」だということを、
ものすごく感じさせられているのです。

そもそも、お店でも何でも、あまり大きいところは好きじゃない。
レストランでも、小さいお店で、ご夫婦で営業されていたりして、
自分たちのこだわりを、丁寧に形にしているところが好き。
ちゃんとコミュニケーションができて、
提供する側と受け取る側の意思疎通が、
気持ちよくなされる、そんな場所が好き。

それは、意外と昔から持っている感覚。
でも。
私は、大きくなりたい、色々広げたい、とずっと言い続けてきました。

そんな言葉に反して、
私がし続けてきたことは、
「濃度を濃くする」という作業。

「一回のコンサートに、そこまでするの?」
・・・と言われるようなことを、
ずっとし続けてきました。
そうしないと、自分が満足できなかったのです。

「今更何を言ってるの?」という発言かもしれませんが、
私はそういう人なんだな、と改めて思わされています。

私が素直に「好きだな」と思えるお店のような、
そんな場所と時間を提供できる人でありたいと思っています。

演奏家としても、
指導者としても。

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あけましておめでとうございます

新年のごあいさつが遅くなりました<(_ _)>
もう今日は七草ですね・・・
ぎりぎり松の内、ということで、

あけましておめでとうございます!(^^)!

本当にブログの更新が滞ってまして・・・
書きたいことは山積みなのですが、
生活環境の変化にも伴い、
なかなか更新できない状況が続いております。

恒例の大晦日の一年振り返り企画もできず、
挙式報告もなかなか進まずで申し訳ないです・・・

ただ、やる気をなくしているわけではございませんので、
時々覗いていただけると嬉しいです。

2015年の年初めは、
コンサート企画がいくつも飛び出しまして、
2016年の予定まで入る!というスタートでした。

幸先いい♪
・・・というか、自分の周りにある扉を、

えーい!どんどん開いてしまえー!!

・・・そんな感覚でおります(^^♪

「熟考せずに踏み出し、つまづいたらそこで考える」
という風にしか動けない私ですが、
どうやら、それに拍車がかかっている様子^^;

「さらに、私らしく」
・・・といったところでしょうか。

それもこれも、
私は私でいていいんだ、と思わせてくれる、
そんな生活が始まったからだと思っています。

地盤ができて、安心できたからこそ、
「さらに、私らしく」と思えるのかもしれません。

もう少ししたら、ブログをこまめに更新できる環境になるかと思います。
そうしたら、たまりにたまっているネタを大放出しますのでー!!!

今年の春


「絶対」はないけれど、
「大丈夫」と信じられること。

「完璧」ではないけれど、
そこが「完璧以上だ」と思えること。

温かさと、穏やかさ、笑顔と笑い声が
いつもそこにあること。

そんなしあわせが、
これからも続くよ、と教えてくれた、
今年の春。

image (30)

ありがとう。

「旬のものを食すことは、身体にいい」といいます。
身体にいい、だけでなく、
やはり、旬のものって、おいしいですよね。

店頭に多く並ぶようになるからかもしれませんが、
旬のものを、身体が欲するような気もします。

まさに今、春には、
春ならでは!の味覚が満載!

筍、ふきのとう、ソラマメなどの青豆類。
春キャベツも葉が柔らかくて、おいしい。
海からは、ホタルイカに、さくらえび、生シラスなんかも春。
貝類がおいしいのも春ですね。

食欲の秋、なんていうけれど、
春も、負けず劣らず、ですよ^m^

でも、そんなことを考えていて、思ったのです。
「旬」というのは、日本人的な考えなのかしら?と。
それは、四季がある国だから、というのはもちろんですが、
そもそも農耕民族の日本人、
島国の日本だからこそ、とも言えるなと思ったのです。

何故なら、旬が声高に言われるのは、
野菜とお魚だけですよね?

私がお肉をあまり食べないから、
わからないだけかもしれませんが、
(ベジタリアンではないのですけれど)
お肉の旬って聞いたことがありません。

やっぱり、私たち日本人には、
野菜とお魚を中心とした食生活の方が、
身体に合っているんだろうなぁ・・・

いや、お肉を否定しているわけではありませんよ。
私も食べたくなる時だってありますし、
その時は身体が欲してるんだな、と素直に食べます。

でも、よく言われる、
「お肉はパワーが出る」というのは、
私は正直、あまり感じないのです。
以前は、そんな気がして、
本番の前日はお肉を食べる!なんてことをしていましたが、
ここ数年は、まったくそんなことをしていません。
お肉を食べなくても、
何ら変わらないなぁ^^;ということに気づいたから、
そこまで好きではないものを食べなくてもいいかな、と。

食べ物でパワーが出るとしたら、
大好きなものか、旬のもののような気がするのです。
身体が、おいしい!と喜んで、元気になる。

お肉はパワーが・・・という方は、
きっと、お肉が好きなんだろうな、なんて、
取りとめのないことを思ったのでした。

ほんとうの豊かさ、とは

現代は、とても便利な時代なのではないかと思います。
その便利さに、どれだけ助けられているかわかりません。

交通はどんどん発達し、
電車の乗り入れも多く、乗り換えなしで、
または、楽な乗り換えで遠い町にも時間をかけずに行けたりします。

インターネットの発展もまさに。
こんな風に日々の思いを書いて、
それをすぐに読んでもらうことができる。
おいしいものも、全国各地から、
簡単にお取り寄せができる。

この便利さは、私たち人間が作ってきたものですが、
それと同時に失っているものも大きいと、
最近、ものすごく感じるのです。

例えば。

デパートの地下に行けば、
ありとあらゆるお惣菜が買える。
いや、デパートなどにいかなくとも、
コンビニで24時間、お弁当が買える。
冷たくさめたものでも、
電子レンジに数十秒かければ、ほかほかになる。

それは、すごく便利なこと。
私はそういう食事は、まったく好みませんが。
これってどうなんだろう?という思いもそこにあるからかもしれません。

「食育」という言葉をよく聞く昨今。
それをしていることが、すごくよいことのように言われている。
でも、かつては、それが、当たり前だったのです。
特別いいことではなかったはずです。

それを、特別なものにしてしまったのは、この便利さ。
当たり前に持っていたものを、手放してしまったのです。
大事なものを。

インターネットの普及もそう。

何かを調べようと思ったら、
本を読んだり、辞典や辞書を引くのが普通だった昔。
今は、検索掛ければ、ぽん!と出てくる。
時間をかけなくても、
すぐに調べることのできる便利さには、
本当に私も助けられています。

でも。

時間をかけない分、忘れるのも早くなった気がするのです。
大変さや、その苦労から、
自分の中に残る、ということは、きっとあるはず。

一夜漬けの勉強よりも、
日々こつこつ勉強したものの方が、
覚えているということにも近いと思います。

今は、きっと、スピードの時代。
そのスピードを得られたから、
その分、時間に余裕ができて、豊かな生活ができる・・・という構図。
でも、それは、錯覚ではないか?と思うのです。

人間として、人間の中身を、本当の意味で豊かにしようと思うなら、
日々のひとつひとつを、スピードで済ますのではなく、
日々のひとつひとつに、丁寧に向き合うことなのではないかと。

できあいのものを買ってくるのではなく、自分で作る。
おいしくできなかったとしたら、
おいしくできるように、本を読んでみる。
くりかえしそんなことをしていたら、きっと、
気づかぬうちに料理上手になっている。

あれ?と思ったら、インターネットで調べるのもいいけれど、
本を読んだり、辞書を引く。
その方が、きっと身体に沁みる。
ネット上に出ている写真や絵で済ますのではなく、
その場所に行ってみたり、実物に触れられるものには触れてみる。
その方が、感動も大きい。

便利さの発展は、経済の発展とは、比例しているのでしょう。
でも。
人間の本来の豊かさとは、反比例してしまっているとしか思えないのです。

だからと言って、この便利さの恩恵にあずからずして、
現在生活するのは、不可能に近いものがあります。
いや、近い、のではなく、不可能でしょう。

だから、忘れてはいけないのだと思うのです。
便利さの代償に、失いつつあるものがあって、
そこには、実はすごく大切なものもあるということを。

なんでもお金で買えて、経済が発展して、
それでOKなのではない、ということを。

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