tsuki no kobanashi

ソプラノ 和田静乃の日々をつづります
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思いをカタチに

物事には、目に見えるものにも、見えないものにも「カタチ」というものがあります。

「思いをカタチに」というフレーズは、
デパートのキャッチコピーなどでもよく見るところ。

そう、思いがカタチになるのは、いいことだと思うのです。

だけど、思いもないのに、カタチだけある、というのも、
実はよくある現象。
とかく日本人にはよくあるのではないでしょうか。

とりあえず○○しておけばいい。
△△するのってかっこいいらしい。

○○や△△がいいことであっても、
そこに思いやこだわりがなかったら、
私はとても寂しい、と思います。

よくあるのは、手土産。
手土産を持っていかないわけにいかないから「何でもいいから買っていく」という行為。

私、これ、ほんとに嫌いです。

そこには「持っていかなきゃ悪い」という思いしかない。
それはすごく嫌だなぁと思うのです。

「おいしい!」と思うから持っていきたい、
きっと好きだろうな!と思うから持っていきたい・・・

手土産ってそうあるべきなのではないかな?と思うのです。


音楽でもそう。

間違いがなく、どんなにきれいにまとめられていても、
そこに思いがなければ、ただ綺麗なだけ。

そんな演奏は伝わらないし、面白くもなんともない。

もちろん、耳触りのいい、聴いていて気持ちのいい演奏を目指すことは不可欠。
だけれど、そこに思いがなければ、感動もしあわせも生まれないと思っています。

カタチは「思いありき」
中身が空っぽの綺麗な箱にだけはなりたくない、ならない!

きょうの香り・・・「すべてメンズ系」
ジュニパー・スリング(ペンハリガン)× ローズ31(ルラボ)× ナヴィガー(ラルチザン パフューム)

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